東京大学 伊藤研究室

東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻

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Research

伊藤研究室で行っている研究を紹介します。

  • 研究分野:医用材料工学
  • 研究テーマ1:医用ハイドロゲルの開発
  • 研究テーマ2:医用微粒子・マイクロカプセルの開発
  • 研究テーマ3:医用分離膜・シート材料の開発
  • 研究テーマ4:疾患治療への応用

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研究分野:医用材料工学


 臨床の分野においては様々な医用材料が用いられています。その応用範囲は医療機器にとどまらず、ドラッグデリバリーや再生医療・組織工学などを支える裾野の広い学問分野となり、ますます発展しています。また、医用材料工学は工学・医学・薬学とオーバーラップする学際的な分野であり、化学的な面に加えて、物理学的・生物学的な面から、多面的に現象を捉える必要があります。

 本研究室では、化学と物理を結ぶ学問体系である化学工学を中心に据え、生物工学・材料工学を両輪にしています。臨床医学の要請に応えるべく、特に高分子材料を中心に、材料の開発、機器設計、臨床応用を目指した研究まで幅広く取り組んでいます。

 また、生体の持つ様々な階層での精緻な構造・機能・合理性に触発された着想を大事にしています。例えば、ハイドロゲル設計ではECM(細胞外マトリックス)から、微粒子設計では細胞から、様々なことを学べます。すなわち、バイオミメティック(生体模倣)・バイオインスパイア―ド(生体創発)の考え方であり、優れたバイオマテリアル(医用材料)につながるものと考えています。

研究テーマ1:医用ハイドロゲルの開発


1-1.インクジェクタブルハイドロゲル

 注射器で注入可能なハイドロゲル(injectable hydrogel)は、低侵襲治療への応用が期待されています。生体由来の様々な多糖類やたんぱく質を骨格高分子とし、生体内で安全な化学反応を用いて、多種多様なハイドロゲルを創製することが可能です。腹腔鏡や軟性内視鏡などで投与が容易な点から、再生医療・薬物徐放担体・腹膜癒着防止材・止血材など、幅広い応用が期待されています。

 天然多糖類である、ヒアルロン酸は人体内での生体適合性に非常に優れ、整形外科や眼科領域などで非常に有用であり、化粧品やコンタクトレンズケアー用品などヘルスケア製品材料としても広く用いられています。また、アルギン酸は、生体適合性も高くCaイオンで架橋するユニークな性質を持ち、止血剤や創傷被覆材などとして非常に有用で、食品等にも幅開く用いられています。その他にデキストラン、カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、キトサン、コンドロイチン硫酸、ヘパリンなど多種多様な天然多糖類を用いています。タンパク質であるコラーゲンやゼラチン、アルブミン、ケラチンなども材料として用いています。

 一方で合成高分子では、骨格の設計から可能です。ポリエチレングリコール(PEG)やポリ乳酸、ポリアクリル酸、高分岐構造を持つデンドリティックポリマーなどを用い、グラフト重合・ブロック重合などを駆使し、新たな医用ハイドロゲルやコロイド分散系への開発と応用研究を行っています。

1-2.ドラッグコンジュゲイト

 ハイドロゲルや多糖類はDDS(Drug delivery system)への応用も期待されています。近年、抗体と薬物をLinkerにより結合したADC(Antibody-drug conjugate)の臨床応用が進んでおり、この分野の研究はますます活発です。我々は多糖類のDrug Conjugateの研究に取り組んでいます。またコンジュゲイト体は自発的に物理架橋が進み、ナノサイズのゲルとして設計することもできます。

1-3.バイオインク

 3Dプリンターに代表されるAM(Additive manufacturing)技術が急速に進歩しており、医療応用も期待されています。本研究室では、再生医療の足場材料の開発や、Drug Printing技術の研究と並行し、この用途としてハイドロゲルをベースとしたバイオインクの開発に取り組んでいます。

1-4.パウダー材料・スプレー材料

 ハイドロゲルをスプレーやパウダーとして投与することで、治療性能や操作性を大きく進歩させることができます。

 また材料の構造や性質は、投与プロセスに大きく依存します。このため素材開発に加えて、化学工学も重要になります。投与法として、スタティックミキサーやアトマイザーなどを用いたゲル化プロセスの研究を行っています。

研究テーマ2:医用微粒子・マイクロカプセルの開発


2-1.医用マイクロ微粒子の開発

 マイクロ粒子は様々な作製法がありますが、本研究室ではSPG膜乳化法を用いています。膜乳化法とは0.5~100µmの範囲内でチューニングされた均一細孔を有するガラス多孔膜を通して、連続相中に分散相を押し出すことによって、非常に均一なエマルションを作る技術です。本研究室ではヘモグロビンを封入した人工酸素運搬体(人工赤血球)や薬物徐放塞栓ビーズの開発を行っています。

2-2.細胞封入カプセル

 細胞封入カプセルは、再生医療・組織工学の足場材料の一つとして期待されています。特にバイオ人工膵島応用の実現のために、長い研究の歴史があります。本研究室では、二重円管ノズルを用いたアトマイザーや、エレクトロスプレー法を用いて、主にアルギン酸誘導体を利用して、直径が100µm~1mm程度の細胞封入マイクロカプセルの開発を行っています。

研究テーマ3:医用シート材料・医用分離膜の開発


3-1.医用シート材料の開発

 シート材料やフィルム材料は皮膚や臓器の表面に貼付が可能です。モールディング、凍結乾燥、相分離などを利用することで、パターニングあるいは多孔化したシートの開発と治療応用を研究しています。これらのシート材料は速やかに体液を吸収してハイドロゲルになります。

3-2.医用分離膜の開発

 分離操作とDDSにおける薬物徐放は材料中の物質移動プロセス制御であることで共通します。人工肺、人工腎臓などの人工臓器は中空糸透析膜や中空糸精密ろ過膜をモジュール化したものです。また医薬品などの製造プロセスのダウンストリームプロセスにおいても、クロマトグラフィ―とともに分離膜が使用されています。本研究室では、新しい医用分離膜の研究を行っています。

研究テーマ4:疾患治療への応用

 
ハイドロゲルや微粒子を用いて、主に附属病院や学外医療機関との共同研究にて、疾患治療への応用研究を進めています。

4-1.再生医療・組織工学

 1990年代に、MIT/MGHのグループによって、組織工学(Tissue Engineering)が提案されました。細胞・細胞増殖足場材料(スキャフォールド)・液性因子の3種類を合わせて、プロセス制御をおこなえば、人工的に組織が作製可能ではないかと構想されました。injectableハイドロゲルやマイクロカプセルは、移植容易な足場材料として用いることが可能です。本研究室では、骨再生や膵島再生を対象に、ハイドロゲルに封入した細胞の分化、移植による機能発現や血管新生に関する研究を行っています。

4-2.ドラッグデリバリー(DDS)

 DDSとは“必要最小限の薬物を、必要な場所に、必要なタイミングで供給する”技術です。DDSの中の基本的な概念の一つは薬物徐放です。薬理効果を示す濃度以上になると副作用が大きくなり、それよりも低くなると薬剤は効果を示しません。なるべく薬理効果領域で長い時間薬剤濃度が維持されると、薬理効果の向上、副作用の低減、投与回数の低減、QOLの向上が期待されます。局所投与を中心に、胃がんの腹膜播種、中皮腫、肝硬変へのDDSを中心に研究を行っています。

4-3.癒着防止材・止血材

 胃・腸・肝臓・膵臓など多くの臓器を含む腹腔内臓器の開腹手術や腹腔鏡手術後に、臓器同士、あるいは腹腔を包む腹膜と臓器がしばしば癒着し剥れなくなります。これを腹膜癒着といいます。肝臓外科領域でも、繰り返し肝切除により、高頻度で癒着が起こり、手術の安全性低下や手術の長時間化などの原因になっています。腹腔鏡下で使用できるinjectableなハイドロゲルのメリットを生かし、新たな癒着防止材料の開発を行っています。

 外科手術において、止血は重要です。現在でも、フィブリン糊やコラーゲン製の止血材などが使われています。血液由来の物質を用いない効果的な止血材の開発を行っています。

 これらの医療機器は、低侵襲治療のための重要な要素であり、治療を安全に行うために臨床において必要不可欠なデバイスです。